下書きに保存したまま、投稿していなかった記事を投稿しようのコーナー。
今日の夕方に洗い物をしながら「20歳そこそこの時に、40代の男性から好意を持たれたのしんどかったな」とふと思い出したので…その人自体は常識がある方だったので、好意を押し付けてくることはなかったものの、周囲の人たちのくっつけようとする圧力などがしんどかった〜
というのはおいておいて、下記、スタートです。
Kindle化も妊娠レポも進まない中、最近テレビで話題になった女性問題こと人権侵害あるいは女性軽視の問題を受けて、他人からの好意が恐ろしかった頃を思い出したので、隙あらば自語りという老人の特権でも行使しようと思った次第です。言うてアラサーなので、言うほど年寄り寄りではないもののアラサー以上の年長者の皆さんにはペコペコする所存、ということで老人語りも許してもらって…
さて。気を取り直して語り始めると、私が他人からの好意を恐れていたのは中学生以上未成年未満まででした。当時は最悪なハマり方をして、親からの「他人の役に立たない人間は生きる価値なし」と、習い事の先生からの「(私に対して恋愛感情を抱いたある異性の優等生)くんを蔑ろにはしないで」が融合して成長、「自分に対して好意を持つ相手を蔑ろにせず、その人の役に立つようにしないと生きる価値がない」という教えを内面化するようになりました。この思想の影響で、中学時代も高校時代も、私に対して恋愛感情を抱いてきた他人たちに対して勉学やそれに類することを励むように仕向けました。高校卒業後は婚活に励み出していたため「結婚する気がある人としか付き合わない」という姿勢を保つことで、大抵の誘いは拒否できるようになりました。
他人からの好意に対して拒絶できないとはいえ、今となればかえって誠実でなく正しくない行動だったと自分の思考の誤りがわかります。しかし当時は「他所様からの好意という善意を拒絶するという行為」は、「他人の役に立ちもせず何か秀でたところもない自分」が行っても良いことではなかったのです。ただし、自分が望まない好意を向けられても、心から歓迎して迎え入れることはできませんでした。それでも拒否しきれるものではなく、ただし受け入れないということを許されたい一心で、他人からの特別な好意を持たれないように、持たれたら他の人に移るように、難しければ好意そのものを気がつかないように、気がついていない振りをするようになりました。
まぁ、そういう無理はいつまでも続くものではないのです。やがて機は熟し、ようやく思考の偏りから抜け出して他人からの恋愛感情に対して誠実にNOが言えるようになりました。歳を重ねると良いこともあるもんですよ。
ただ、現代日本における女性の多くの方々が経験しているように、日本人男性からの好意って断るの超絶気を使うしめんどくさいですよね。相手に逆恨みされないように、執着されないように、変な噂を流されないように、後腐れなく、嫌な気持ちにさせないように断る……疲れます。
私の場合はそれもあり伴侶を欲していたところ、うっかりこの世のものとは思えないほど素晴らしい夫と出会ってしまったのでうまくいきました。恋人や伴侶がいると、寄ってきませんし、うまく断れますからね。ラッキー!
…まぁ、実際は、恋人がいるくらいではまだ頭が緩い人からアピールされますし、タチの悪いナンパもされます。結婚指輪をすると、よっぽど頭がおかしい人と、(成人していたとしても)分別がつかない「子供」以外からの誘いはなくなります。結婚したら配偶者が大好き!というアピールもかかさずすると、かなり声をかけられる確率が減るのでオススメです。
おしまい