選択制夫婦別姓の賛成派から反対派になった話

来る日曜日は衆議院選挙ですね。短期間で意味の薄い選挙を何度も繰り返し、税金をドブに捨ててられている気がして、納税者の一人としては耐え難い怒りを覚えますが、それはさておき。選択制夫婦別姓が長いこと議題に挙げられ続けており、今回の選挙でも投票する先を選ぶためのひと材料になります。

元々、私は生まれた時の苗字が気に入っていたので、婚姻したとしても自身の苗字を突き通したいと考えておりました。そのため、結婚一歩手前になったとしても「この相手のために苗字を捨てられはしない」と破局したこともあります。結局「この相手のためであれば百歩譲って苗字を変えてあげてもいい」と思い、今は苗字を変えて婚姻している訳ですが。

苗字って、アイデンティティなんですよ(少なくとも私はそうでした)。変わって嬉しいなんてことは一ミリもなく、変わりたくないが我慢しようと耐え忍んでいるだけ。変わってから二年くらいずっと呼ばれることに違和感しかなかったです。今でこそ慣れ始めたものの、アイデンティティを喪失した感覚は続いています。変わらなくて良いなら変えなかった、とは今でも思います。

ではなぜ選択制夫婦別姓の賛成派から反対派になったのか。答えは単純で「自分の苗字が変わった後、婚姻による改名は犯罪に使える」と感じたからです。苗字が変わっただけで、婚姻前の自分とは別の人間として扱われることがあるのです。些細なことですが、とあるサービスの会員になろうとして登録を進めていたところ、そのサービスは氏名フルネームと生年月日でユーザーに重複がないか調べているようでした。そのため、誤ってアカウントが重複して登録できてしまうのです。ポイントシステムの会員程度であれば問題ないでしょうし、流石に金銭の借り入れサービスの利用時などは他の情報も参照しているとは思います。ただ、世の中にある全てのシステムやサービスを、改名して悪用しようとする人はいると思いました。そのため、婚姻による苗字の変更は「ない」方がいいと考えるようになりました。

つまり、婚姻した時に「選択制夫婦別姓」がある訳ではなく「強制夫婦別姓」であれということです。

個人的には本当に心底愚かな施策だと思っている「旧姓の利用拡大」に対しても、強制夫婦別姓であればそもそも旧姓という存在がなくなるので問題ありません。

個人的な恨み辛みですが、仕事上でペンネームでもないのにビジネスネームなんて言って旧姓を利用可能にすることに対して物凄く拒否反応があります。私自身、ビジネスネームなんて言って一年程度旧姓を使い続けていた側ではあるのですが、あのシステムはクソです。自分のアイデンティティはわずかに守られるかもしれないけれど、結局仮初の守りであって、戸籍上「本当の」苗字は別物であるという事実。無難にショックを受けました。また、社内外の人間とコミュニケーションを取る際に、ITシステム上戸籍上の名前でないといけない給与明細書サービスなどの連携でチャット上の名前と相違したりして、ビジネスネームを使っている人たちの氏名は「旧姓&新姓」を覚える必要がある。しかもパスポートなどの併記は他国への入国時に説明しないといけない。不便すぎる。

以上のことより、選択制夫婦別姓の賛成派から反対派に私はなりました。だからといって「(事実上女性が変更する)強制夫婦同姓」へも反対しています。「強制夫婦別姓」を推奨します。

おしまい